中国政府は3月18日、西部にある新疆ウイグル自治区の動向に関する白書を発表した。同自治区には、イスラム教を信仰するウイグル族などの少数民族が居住しているのだが、石油資源や天然ガス資源の埋蔵量が豊富であり、このために中央政府は少数民族への圧迫を数十年にわたり続けてきた。2009年には反政府主義者と政府武装警察とが武力衝突し、最大で3000人が死亡する事態となっている。中国政府はそのため、少数民族を「テロリスト」「テロ組織」と一方的にレッテル貼りし、摘発対象にしている。
さて、最新の報告書によると、2014年から5年間で中国政府は1600もの「テロ組織」を摘発し、「テロリスト」約1万3000人を拘束した。同自治区に居住するウイグル族は800万人ほどと推計されているので、800人に1人以上が拘束されている計算になる。また、自治区は166万平方キロメートル(日本の約4倍)ほどの面積であるものの、総人口2500万人ほどで(ウイグル人だけでなく「移住」した漢族も多い)、この規模に対して1600もの「テロ組織」があるとは考えにくい。つまり、それほど多くの「濡れ衣」を北京政府は少数民族にかけ、不当拘束を行っているのである。
ウイグル族、カザフ族など新疆の少数民族と面談を行うポンペオ国務長官(出典:ポンペオ国務長官のTwitterより)
国際社会はこうした弾圧に対してこのところ、非難の声を強めているが、中国政府は聞く耳を持たないようだ。同国政府は、少数民族の拘束を「法に基づいて行っている」と主張、その拘束目的についても「知識や技能を学ばせるための職業訓練」などと説明している。たしかにウイグル自治区は中国の領土とは認められているため、内政不干渉の原則によって国際社会は実効的な手段を講じることもできない。
そもそも、なぜ、北京は新疆ウイグル自治区での取り締まりをこれほどまでに強化しているのか。そこには大きく3つの理由がある。
1つは、経済的な理由だ。冒頭に述べたように、新疆ウイグル自治区には石油と天然ガスが豊富に埋蔵されている。その量は、それぞれ中国全体の埋蔵量の28%と33%を占めるとされ、他地域の埋蔵量が減少する中、同自治区の重要性は相対的にも増している。
第2に、「一帯一路」構想における重要性がある。中国は一帯一路構想を進めているが、その片方であるシルクロード経済ベルトは、中央アジアを通って中東、欧州へ繋がることを目的としている。新疆ウイグル自治区は中央アジアの入り口に位置しており、北京にとって「地経学」的な重要性が極めて高い。
もうひとつは、政治的な理由である。習近平政権はウイグル自治区に限らず、国内の反不満分子の動向を非常に警戒している。2013年10月、北京にある天安門広場に車が突っ込み炎上し、5人が犠牲となるテロ事件があったが、この事件について中国政府は「ウイグル独立派」によるものとしている。北京は弾圧に対する抵抗を「テロ」と位置づけ、これに一切妥協しない姿勢を貫いている。いわばウイグルを「見せしめ」にして、国内の反政府勢力の活動を抑え込もうとする目的があるのだ。
以上のような理由から、北京のウイグル自治区への対応には、今後も変化は見られないと考えられる。
しかし、仮にウイグル自治区における不安定要因を中央政府が力で「除去」したとしても、すでにウイグル族との仲間意識を持つ中央アジアの諸民族から、北京への反発の声が高まっている。
たとえば、シルクドーロ経済ベルトにとって、キルギスが中央アジアの入り口になるわけだが、同国の首都ビシケクで今年1月17日、数百人規模の反中国デモが行われ、21人が逮捕された。経済的に貧しいキルギスでは、近年インフラ整備を進めようとする中国の進出が目覚ましいが、それに反発する若者らの声が高まっているのである。また、2016年8月30日には、同じビシケクにある中国大使館の敷地内で車が爆発し、3人が負傷する事件が起きた。自動車を運転していた男は死亡したが、門を破って大使館内に突入し、建物を爆破する意図があったとみられている。さらに、同国南部にあるジャララバード州では2018年4月11日、同州で操業する中国企業が数千人の現地住民に襲撃され、建物が破壊、放火される事件が発生した。発端は、金鉱開発を行う中国企業が有害物質を流し、周辺環境を汚染したことだされるが、中国への反発は確実に中央アジアでも広がっている。
一部のウイグル民族主義者は、弾圧をおそれてこうしたキルギスなど周辺諸国へ越境し、現地の協力勢力と活動しているとも言われる。つまり、新疆ウイグル自治区での締め付けを反射するかのように、キルギスなど中央アジアで中国権益への攻勢が強まることも十分に考えられる状況が、生じているのだ。