「大事なことを静かに話そう」 ――GSOMIA破棄決定を受けて
2019/08/23

「大事なことを静かに話そう」 ――GSOMIA破棄決定を受けて

政治的課題には、高度な政治判断を必要とする「ハイ・ポリティクス」領域から、政治性の低い民間交流などの「ロー・ポリティクス」領域への、グラデーションが存在する。

 

 

文在寅政権に限らず、これまでの日韓関係は、基本的には安全保障を中心とした「ハイ・ポリティクス」領域においては、対立を棚上げして協力関係を維持してきた。一方で、経済交流や歴史問題といった「ロー・ポリティクス」領域では、しばしば摩擦を起こしていた。1980年代末の盧泰愚政権以来、およそ30年にわたり、日韓関係はこの「棲み分け構造」を維持してきた。

 

 

日韓関係のこれから

しかし、822日(木)の夕方に飛び込んできた日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄決定は、こうした構造を破壊する、「一線を超えた」ものだったと言ってよい。

 

 

今後、日韓関係は「棲み分け構造」を再構築しない限り、「ロー・ポリティクス」領域での関係悪化と、「ハイ・ポリティクス」領域への崩壊浸食が、相互に増幅しながら続いてゆくだろう。GSOMIA破棄の軍事的効果はそれほどないと主張することで、破棄決定の意味を過小評価する向きもあるが、構造的には、「ハイ・ポリティクス」領域にまで文在寅政権の反日政策が及んだことになる。決して先行きを楽観できる状況にはない。

 

 

具体的には、いわゆる「差し押さえ資産」の現金化着手による経済的関係悪化、韓国での日本製品不買運動の激化、そして最終的には2020年の東京オリンピック・パラリンピックのボイコットへと、「ロー・ポリティクス」領域での崩壊は流れてゆくと考えられる。

 

 

「ハイ・ポリティクス」領域では、アメリカ政府・軍がある程度のつなぎ止めをはかると思われるものの、竹島において一方的に「防衛訓練」が実施されることや、日韓防衛交流の事実上の停止、といった事態が想定される。合間合間には、まるで悲劇の幕中劇のように、レーダー照射事件のような小競り合いが生じてゆくことになろう。そして、最悪のケースとして在韓米軍の再定義による軍事同盟網の寸断まで考えられる。

 

 

「不気味な予言」と非難されるかもしれないが、最悪のケースを想定しておかなければならない事態が到来した、と我々は考えるのだ。

 

 

GSOMIA破棄という対北朝鮮ラブコール

GSOMIAについて、当団体では、すでに先月末に論考を発表している。

 

 

GSOMIA破棄で連携する文政権と北朝鮮」

https://conservative.or.jp/news/gsomia_northkorea/

そこで我々は、GSOMIAの破棄に言及する文政権について、「もはやGSOMIAから受益するものはない、つまり北朝鮮のほうが日本より近しい味方となった、ということだろうか」という疑問を呈した。

 

 

昨日(822日)の青瓦台の発表によれば、「2018年以降、GSOMIAに基づく情報共有は日韓のあいだで0件であり、安全保障上の利益は存在していない」とのことだが、各種報道が伝える通り、北朝鮮による短距離ミサイルなどについて情報共有はなされているのであり、前半は「虚偽情報」である(なお、「アメリカ政府と緊密に連絡を取っており」、韓国政府の決定にアメリカ側も「理解を表明している」という発表も虚偽だったことが明らかになっている)。

 

 

しかし、後半の「安全保障上の利益は存在していない」という部分は、文在寅政権の「本音」かもしれない。というのも、前回の論考でも指摘した通り、GSOMIAのスコープにある仮想敵国は、第一に北朝鮮である。GSOMIAの破棄は、第一義的には反日政策の一環であろうが、北朝鮮との宥和政策を進める文政権にとってみれば、破棄することによって北朝鮮に対して「宥和は本気である」というシグナルを発することができる。北朝鮮と仲良くすることが「安全保障上の優先すべき利益」ならば、GSOMIAはそれに逆行するものと位置付けられるから、「利益は存在しない」という発想はある意味で一貫した理屈だ。平たく言えば、GSOMIAの破棄は、北朝鮮への「プロポーズ」を確信させるための「強いラブコール」としての効果を持つのである。

 

 

在韓米軍という「問題」へ

しかし、この論理の行く先は危険である。

 

 

竹島での軍事演習のおそれなどもあるが、何より危険なのは、在韓米軍の位置づけだ。北朝鮮との宥和こそ「安全保障上の利益」という論理を貫徹するならば、在韓米軍もまた、その障壁に他ならないからだ。在韓米軍という「問題」があることによって、南北宥和という理想が実現されない、という発想に至るのは、それほど突飛ではない。日本においても、「在日米軍がいるからこそ日本が標的にされる」といった論理は、左派が好んで使うところであることを想起されたい。

 

 

「米韓関係には影響しない」と青瓦台はアナウンスしているものの、アメリカのポンペオ国務長官はさっそく、GSOMIA破棄決定への失望を表明している。軍事・外交両面での切れ目になることは、止めようがない。すると、米韓関係の悪化へと流れが向かう中で、米韓同盟の再定義論が生じても不自然ではない。

 

 

「大事なことを静かに」

ここまで、「ハイ・ポリティクス」領域に係る問題だけを取り上げたが、「ロー・ポリティクス」領域でも問題山積である。

 

 

韓国財界は経済的な不安定性を長期にわたって押し付けられることになる。民間交流でもすでに影響が出始めているが、文政権が任期満了の3年後まで続くのであれば、それまで経済・人的交流の両面で冷え込みは大きなものとなるだろう。冒頭に述べたように、いわゆる「差し押さえ資産」の現金化着手、日本製品不買運動の激化、2020年の東京オリンピック・パラリンピックのボイコットといった事態は、十分に想定できる。

 

 

我々にいま可能なことは、「ロー・ポリティクス」領域において、「静観する」ことだ。すなわち、親日的な保守派などとの関係をつなぎつつ、なるべく冷静に、進歩派の振れすぎた政治・世論の振り子が戻ってくることを待つことだ。

 

 

日本がへりくだった態度をとることや(その必要ももちろんない)、対韓バッシングを行うことは、進歩派をかえって勇気づけ、エネルギーを与えてしまう。そうではなく、対話可能な相手と、対話可能な範囲で、静かに話そう。それは保守派かもしれないし、財界の人々かもしれない。市井の親日的な人々かもしれない。大声はやめよう。最悪の事態を想定しつつ、大事なことを静かに語らう相手を、地道に探してゆこう。

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