1月20日、イギリスのガーディアン紙は、過激派組織「イスラム国」の新指導者を顔写真付きで掲載した。昨年10月、イスラム国(IS)のバグダディ容疑者された直後、アブ・イブラヒム・ハシミ・クラシという正体不明の人物が後継者として発表されたが、それは偽名で、アミル・モハメド・アブドル・ラーマン・マウリ・サルビ(Amir Mohammed Abdul Rahman al-Mawli al-Salbi)という人物が、新たな後継者だとガーディアン紙は報じたのである。
この人物は肌が白く、非アラブ系の顔立ちで、トルクメン系のイラク人だ。モスル大学でイスラム法の学位を取得し、ISの創設メンバーの1人で、以前にバグダディ容疑者と南部バスラにある米軍が運営する刑務所「キャンプ・ブッカ」で共に収容されていたことから、深い間柄だったという。
今後はこの人物による声明が発表され、「バグダディ時代の支配地域を取り戻せ」、「各地域で欧米や背教者を殺害せよ」といった呼びかけを、世界の信奉者たちに行う可能性が高い。バグダディ容疑者殺害後、クラシを支持する声明が、フィリピンやバングラデシュ、パキスタンやアフガニスタン、イエメンやエジプト、ナイジェリアなど各国のイスラム国「支部」から出ており、サルビなる人物の呼び掛け後は、改めて支持を表明することだろう。ISの新たな再スタートである。
そして、それによってIS指導者の捕獲、殺害作戦が再びシリア、イラクで再開する。既に水面下では始まっているとも言われる。
新たな指導者は、しかし、バグダディ容疑者のようなカリスマ性を得られるかは未知数である。最も大きかった時期にはイギリスの領土に匹敵すると言われたISの支配地域はもう存在しない。新指導者サルビにあるのは、「サイバー空間にあるカリフ国家」、いわば「バーチャルイスラム国」である。ISが以前の領土を取り戻すことは物理的には難しいだろう。
だが、アメリカの対テロ戦争において重要なのは、テロリストに自由に活動できる「聖域」を与えないことだ。よって、ISやアルカイダがアメリカ本土、もしくは各地にある米国権益への攻撃を依然として重視している状況では、小さい空間だろうがそういった聖域を与えないことが重要となる。2001年の米国同時多発テロ事件の時期には、アフガニスタンが長く聖域であったし、2009年に台頭した「アラビア半島のアルカイダ」は、イエメンの一部を聖域として、何回かアメリカ本土を狙った航空テロを企てた。
最近でも、ISはシリア・イラクでテロ活動を続けている。例えば、イスラム過激派の動向を監視する米国のサイトインテリジェンス(SITE)は、1月10日、昨年12月25日~31日の間におけるISのテロ事件(イラクとシリア)に関する統計を公表した。
それによると、ISによるテロは、シリアではデリゾール県で12件、ラッカ県で10件、ハサケ県で2件、ホムス県で2件、アレッポ県で1件、ダラア県で1件それぞれ確認され、イラクとの国境に近い東部に事件は集中している。イラクではニナワ県で4件、エルビル県で2件、キルクーク県5件、サラーフッディーン県で8件、ディヤーラ県で8件となり、北部に集中している。
当然ながら、依然として逃亡し続けるIS戦闘員は多く存在し、勢力を盛り返す瞬間を狙っている。1月上旬、これまでIS掃討を主導してきたイラン革命防衛隊のスレイマニ司令官が殺害されたことで、同司令官が率いたシーア派民兵の歯車が崩れ、今後ISが活動を活発化させる可能性も懸念される。
現在の状況は、「ISが以前のように猛威を奮うことはないが、依然として各地にISの支部は存在し、勢力を盛り返す機会を狙っている」である。また、ISより米国への攻撃を重視するアルカイダネットワークも依然として存在する。ペンタゴンの報告書などでは、テロ戦争から中国やロシア、イランなどへシフトする政策が描かれているが、米シンクタンクのテロ研究者たちは、テロ対策が軽視されることによるリスクを中長期的視点で強く警鐘している。