『新 独立自尊』 第2回 「リベラルな世界秩序」では解決にならない(JCU議長・あえば直道)
2019/01/15

『新 独立自尊』 第2回 「リベラルな世界秩序」では解決にならない(JCU議長・あえば直道)

前回は、2025年の世界を、人口と指導者という観点から考えた。中国に代表される強権的な指導者が「力による政治」を推し進める一方、人口爆発が加速するインドやパキスタン、そして中国も加えると、対立する核保有国の人口が30億を超えているような世界である。

 

2025年の世界を考える必要性を強調するもう1つの理由は、アメリカにある。今のトランプ政権が2期8年続いたとしても2024年末には交代となり、その後のアメリカでは、歴史の経験則からして、リベラルへの大きな揺り戻しが起きる可能性が大きい。

 

だが、いわゆるリベラル派の世界秩序が、これからの世界を平和に導く解決になるのだろうか。

 

この問題を考える材料として、アメリカで2018年に最も読まれた論説記事のひとつを参照する。記事の題名は「リベラル世界秩序よ、安らかに眠れ」(Liberal World Order, R.I.P.)。ブッシュ政権で国務省政策企画局長を務めたリチャード・N・ハースがその著者である。ハースは、世界全体がリベラルな秩序で支えられていた時代が、終わりを迎えつつあると主張する。来るべき世界は「大国同士の競争が復活しつつある世界」であり、「それぞれの地域にそれぞれの性格を持った地域的な秩序―あるいは中東で最も顕著なのは無秩序だが―が出現するのを目の当たりに」している、という。自由主義陣営が支えてきた既存の秩序は、ぼろぼろになりつつあり、大国同士が競争しつつ、地域ごとに断片的な秩序が発生する――ハースはこう指摘し、「リベラルな世界秩序」の終わりを主張する。

 

しかし、ハースが嘆く「リベラルな世界秩序」とは、これまでも、それほど良いものだったろうか。国際官僚の屯する国際組織や、いわゆる「道義」と「規範」に支えられた「リベラルな世界秩序」「人権」を振りかざす国際官僚が、人権侵害国の中国に対して、どんな対策ができたというのか。覇権的台頭の加速を許し、「自由なふるまい」を引き起こしただけではなかったのか。

 

にもかかわらず、オバマ政権が誕生する時期、「G2構想」(アメリカと中国が協力して世界秩序を担う構想)や「E3+3構想」(欧州のイギリス・フランス・ドイツに、アメリカ、ロシア、中国を加えるヒラリー・クリントンの国際機構構想)といった構想ばかりが「リベラル派」からは提示され続けた。

 

よく考えてみよう。「リベラルな世界秩序」を牽引したビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマは、世界を平和的で安定的にできたのだろうか。その間に着々といくつかの国が力を蓄えるのを、ただ眺めていただけではなかっただろうか。これでは、解決にならない。

 

「リベラルな世界秩序」に対して必要なのは、「力による政治」という現実を見つめ、各国の利益が何かを正視できる、「まっとうなナショナリズム」である。

 

自国の誇るべきものは何か、そして維持・発展させるべき価値の核心とは何か、これなくして「力による政治」の世界では生き残ることはできず淘汰される。我々が「護るべき利益」が明らかでなければ、存続をかけて闘う正当性がないからだ。

 

日本が誇る価値の核心を見出し、「まっとうなナショナリズム」を追求できる政治文化を、日本国内でも根付かせてゆく。そうしなければ、これからの「力による政治」の時代から、私たちは取り残されてしまうだろう。