2019年9月14日、サウジアラビアの石油施設が、自爆型無人機やミサイルによる攻撃を受けた。日本でも数日間報道されたが、攻撃されたのはサウジアラビアの国営石油企業「サウジアラムコ」の最も大きな石油施設2カ所である。この攻撃により、サウジアラビアの石油生産が、一時的に半分までストップした。また、この事件が原因で石油価格も一時大きく変動した。
ドローン攻撃で燃え上がる石油施設
この攻撃について、アメリカ政府はイランが実行したと主張しているが、イランは証拠がないとして関与を否定し続けている。一方、イランが支援しているイエメンのイスラム教シーア派組織「フーシ派」が犯行を認める声明を出したが、ドローンや弾道ミサイルの一部が、イエメンとは反対のイラン南東部から発射されたとの情報もある。少なくともフーシ派はドローンによる攻撃能力を持っているのは確かで、イエメンからサウジアラビアへのドローン攻撃はこのところ繰り返し発生している。サウジアラビアの国際空港や石油パイプライン、さらには首都リヤドに向けてもミサイルやドローンが発射されている。
フーシ派だけではなく、「イスラム国」や「ボコ・ハラム」といったテロ組織、あるいはメキシコなどの麻薬カルテルも、情報収集、偵察、攻撃などのためにドローンを利用している。今回は、このドローンについて、そしてその先にあるAI兵器について考えてみよう。
ドローンとは何か
ここまで、「ドローン」という言い方をしたが、専門的には無人航空機、UAVと呼ばれる。ドローンというのは通称である。UAVは、現在のところ、2つの種類が使われている。ひとつは、遠隔操作型、もうひとつは半自律兵器型、だ。遠隔操作型というのは、どこかで人がずっと操っている状態の無人機である。ラジコンを想像していただけるとよいが、どこをどう飛ぶか、何を目標に攻撃するか、いつ撃つかなどといった部分は、どこか遠くで人が操縦している。たとえば、アメリカ軍は日本にも「グローバルホーク」と呼ばれる無人偵察機を横田基地にも展開している。攻撃用の無人機としても、「リーパー」と呼ばれる無人機が実戦投入されている。3年ほど前の映画『シン・ゴジラ』でも多く登場していたので、見覚えのある方も多いだろう。
リーパー無人攻撃機
中東やアフリカなどで「無人機によりテロリストが殺害された」、と言われる場合のほとんどは、こうした遠隔操作型の攻撃用無人機である。この遠隔操作型の特徴は、費用が高く、それだけに無事に着陸してもらわないと困る、ということである。『シン・ゴジラ』で登場したリーパーの場合、4機と遠隔操作システム、メンテナンス設備のセットで1300万ドルほど、単純な割り算はできないが、1機あたり3億円ほどかかる。
一方、今回フーシ派が使ったのは、半自律兵器型と呼ばれるタイプである。ドローンが離陸するところまでは人間がコントロールするが、あとはGPSを使って勝手に飛行し、そのまま標的に突入して爆発する。発射した側は、撃ってしまえばあとのことは知らないので、「ファイヤ・アンド・フォーゲット型」(Fire and Forget)とも言われる。半自律兵器型の無人機を、フーシ派は大量にサウジアラビアに撃ち込んでいるが、それが可能なのは、コストが非常に安いから、である。
ニューヨーク・タイムズが9月15日に報道しているが、先日の攻撃で使われたドローンは、1機あたり1万5000ドル、つまり160万円くらいだ。先ほど述べた、遠隔操作型の「リーパー」に比べると20分の1ほどと、非常に安い。今回の攻撃には10機投入されたとフーシ派は発表しているので、1600万円ほどで、サウジアラビアの石油生産の半分をダウンさせられたことになる。「コスパ」の点でいえば、非常に効率が良い。
なぜこれほど安いかというと、人が乗っていないし、帰ってこなくてもいいからだ。もともと自爆用だから帰ってくるはずはないし、途中で墜落しても構わない。GPSによって誘導しているというと難しそうだが、GPSに対応したスマートフォンを利用できる。「落っこちても構わない」となると、民間で使われている技術を応用して十分に作れてしまうのだ。
半自律兵器型UAVの脅威
この安さは、今後の戦争やテロを考える上でのポイントのひとつである。現在、もっとも頻繁に使われている巡航ミサイル「トマホーク」は、1発あたり140万ドルかかる。フーシ派のドローンの100倍ものコストが、1発でかかる。そのかわり、衛星とリンクしており、カメラもついているから、目標をきちんと破壊できる。
しかし、フーシ派のドローンは、わずか10発、1600万円ほどで、一時的ではあるがサウジアラビアの石油生産を半分までダウンさせた。トマホーク1発の値段で、この攻撃を10回行えることになる。
もっと恐ろしい想像をすると、日本海を超えてこうしたドローンが1,000機、北朝鮮から日本に撃ち込まれたら、どうなるだろうか。フーシ派のドローンは、1,000km以上の距離を飛んでサウジのアブカイクを攻撃しているから、北朝鮮の東海岸から発射すれば東京まで理屈の上では届く。たとえば1,000機のドローンがいっせいに東京上空に襲い掛かったら、すべてを防ぐ手立てはない。1機ごとの爆発はそれほど大きくなくとも、東京の1,000か所で一斉に爆発が起きたら、おそらく日本の首都は機能しなくなる。
恐ろしいのは、そのコストだ。1,000機を打ち込んできたとして、16億円で済んでしまう。国のGDPに当たる、東京都の総生産は年間100兆円。100兆円都市を、たった16億円でパニックに陥れることが可能なのである。他にも、原発や米軍基地など、日本には狙うことのできるターゲットは多い。原発のような施設に対する攻撃は、国際法で規制されているものの、「ならずもの国家」やテロ組織が国際法を遵守すると考えるのは難しい。160万円という安い価格のドローンが出現し、過激派組織ですら利用できるという事態を、私たちは対岸の火事のように見ているわけにはいかない。AI兵器の恐怖しかし、現代の無人兵器開発はこれに留まらない。ここまで、遠隔操作型と半自律兵器型UAVの話をしたが、「完全自律型兵器」の脅威が、確実に近づいている。完全自律型兵器は、LAWS(ロウズ/Lethal Autonomous Weapons Systems)と言われる。人工知能、AIが自らの判断で人の命を奪う兵器のことである。すでに国連などを中心に規制しようという動きが強まっている。
たとえば、手のひらに乗る、数センチほどの超小型のドローンに、AIを搭載する。おもちゃのようなドローンにAIと爆薬が仕込まれていて、飛び上がると自分で勝手に飛行していき、ターゲットの人間を見つけると頭に飛びつき、自爆する。暗殺には最適の武器になる。こうした殺人ドローンが、ワシントンや永田町に大量に放たれたら、どうなるだろうか。ワゴン車に、数センチの暗殺用ドローンがたくさん詰め込まれ、ターゲットの近くで後部ドアを開けると大量に、蜂が巣から飛び立つように、攻撃に出かけてゆく。こうした未来を、私たちは想定しなければいけない。
なぜかというと、中国もアメリカも、すでにこれらの実験に成功しているからだ。2016年にはアメリカ軍のFA18戦闘攻撃機から、小型ドローン103機を放出する実験に成功した。小型ドローンの群れは、まるで蜂のように、お互いに衝突せずに飛行できたと報告されている。中国も、2017年に119機の小型ドローンの群れを飛行させることに成功した。繰り返すようだが、こうした無数のドローンが自爆のために大量に襲い掛かってきたとき、私たちには防ぐ手段を持っていない。今後の課題こうした完全自律型兵器については、国連を中心に規制会議が行われている。しかし、人工知能技術の平和的利用や進歩をさせつつ、軍事利用だけ規制できるだろうか。特に、国の正規軍ならばともかく、テロリストの利用には、国連などでの規制は無力である。すると、日本に必要なのは、これらの半自律型兵器や完全自律型兵器を、機能できなくする技術を考えるしかないだろう。たとえば人工知能の機能を妨害するような装置や、誘導装置を効かなくする仕組み、こういった分野への技術投資は惜しむべきではない。防衛費の増額というとすぐに反対する世論にぶつかりそうだが、無人機を超え、完全自律型のAI兵器の脅威が目の前に迫っているいま、これからの防衛技術開発は日本の急務になるだろう。