「もしトラ」に備える企業経営
7か月後に迫ったアメリカ大統領選挙の構図が、トランプ対バイデンのリターンマッチに固まり、「もしトランプが大統領になったら」、いわゆる「もしトラ」が「リスク」としてメディアに報じられることが増えてきた。実際に、支持率調査を見ると、現時点ではトランプがやや有利な状況である。だが、実際にトランプが大統領になることは、世界、あるいは日本についてリスクなのだろうか。今回は、「もしトラ」を恐れる企業経営者に向けて、トランプがいま何を考えているのか、紹介しよう。
□ 関心のほとんどはアメリカ国内
いきなりちゃぶ台をひっくり返すようなことを言うようで恐縮だが、再選に向けたトランプの関心のほとんどは、アメリカ国内に向いている。理由は明白で、それほど、アメリカ国内の経済、社会、治安が、バイデン政権によってめちゃくちゃにされてしまったからだ。
トランプの政策的主張は、「アジェンダ47」として、昨年11月にまとめられている。ざっと見てみるとわかるのだが、治安の問題については、ホームレス、薬物中毒者、その他犯罪全般についての対応と抑止が、かなりの部分を占めている。これに関連して、彼の1期目からの主要テーマであるメキシコからの不法移民への断固たる措置、が含まれる。
たとえば、トランプは、就任1日目に、「不法移民に対する福祉制度を廃止」し、「バイデンによる仮釈放権限の乱用を阻止する」ために措置を講じると公約している。トランプ自身の言葉を借りると、「ひねくれたジョー・バイデンは、世界中の不法滞在者を、ベルトコンベアーをノンストップで動かすように、我が国に集めている」、「頭の弱いジョー(バイデン)は国境と主権を放棄するだけでなく、あなたが苦労して稼いだお金を盗んで、私たちの国に住む必要のない人々に再分配しようとしているのです。 彼らは自分の国にいるべきです。 これは誰にとっても持続可能なものではありませんし、私たちにとっても当然持続可能ではありません」、というのである。
実際に、国土安全保障省は、いわゆる仮釈放の権限を乱用している。国境でひとたび拘束された不法移民も、「仮釈放」されてアメリカ国内に滞在を許されたり、場合によっては政府手当を与えられてすらいる。具体的には、不法滞在者に、フードスタンプ、無料の医療、生活保護小切手、その他の支援プログラムが与えられているのだ。
そして厚遇を得た彼らは、犯罪に走り、アメリカの治安を崩壊させている。こうした現状を打破しなければならない、というのが、トランプのまずもっての目標である。したがって、政権を獲得していきなり、外交方針や産業方針に大転換が来るというのは、トランプの優先順位をまったく見間違えている。トランプにとって第一の焦点は、アメリカ国内の安全を取り戻すことなのだ。
□ 「中国が我が国を買い占めている」
では、外交・産業政策についてバイデンと同じ路線をとるかというと、もちろんそんなことはない。トランプの目標は、実は一期目とそれほど差がないのだが、「中国への強硬路線」、「電気自動車の優遇廃止」、そして「アメリカの自国産エネルギーの回復」にある。まず、中国から見てゆこう。
トランプの言い方を再び借りると、「中国が我が国の技術を買い占めている。彼らは食料品も買い占めています。彼らは私たちの農地も買い占めている。私たちの鉱物や天然資源も買い占めている。私たちの港と輸送ターミナルすら買い占めています。そして、バイデン犯罪ファミリーのような腐敗した影響力のある人々の助けを借りて、中国は米国のエネルギー産業の柱さえ買収しようとしている」という。
日本でも事情は同じだろう。産業技術を持つ企業が買いたたかれ、「合弁企業」を設立して中国に展開したら、記述だけ中国企業に盗まれる。我々がたびたび警告しているように、沖縄の島や、自衛隊基地に隣接した不動産が購入されることもある。トランプは、おかしな対中脅威論を煽ろうとしているわけではない。
こうした中国に対抗するため、トランプは、「エネルギー、技術、通信、農地、天然資源、医療用品、その他の戦略的国家資産を含む米国内のあらゆる重要なインフラに対する中国の所有に対して積極的な新たな制限を設ける」と主張している。つまり、中国政府あるいは企業の影響力がある企業にとっては、トランプによる規制が及ぶ可能性はある。中国そのものが「リスクの震源」となっているいま、中国企業との合弁解消や連携を薄めることで、「デカップリング」を進めることが、まず企業経営に必要な「対応」ということになるだろう。
□ 電気自動車への優遇廃止
次に、「エコ」路線からの脱却は、注目してよい。
トランプは、アメリカの自動車産業の低迷について、「まったくの恥辱であり、信じられないほどの非道なこと」だと述べたことがある。その原因のひとつが、バイデンの気候変動対策によって、「ほとんどの人が望んでいない」電気自動車の開発を推進しようとしているためであると考えている。
実際、バイデン、10年以内に全新車の67%を電気自動車にしなければならないという突飛な構想を掲げている。アメリカ自動車製造業界の会長によると、ある自動車会社のCEOは、ジョー・バイデンを形容するのに、1回の会話で「残酷」という言葉を40回以上使ったといわれている。それほど、バイデンの電気自動車推進政策は、アメリカの自動車産業を空洞化させ、中国にその覇権を譲り渡すものなのだ。
そのためトランプは、この電気自動車に対する構想を破棄することを考えている。
もっとも、電気自動車の製造禁止などは考えておらず、「望む人はそれを手に入れるべき」だとトランプも述べている。また、バスなどの公共交通機関などについては、電動化を推進する立場を維持するとも述べている。
したがって、日本の企業経営者にアドバイスするとしたら、「電気自動車市場の拡大に期待しないほうがいい」ということである。ある程度の需要は続くだろうが、バイデンによって作られようとしていた人工的な「電気自動車バブル」は生じえない。したがって、電池や部品、その他の受注が一気に伸びるという計画を考えていたら、それは避けるのが賢明ということになるだろう。
□ アメリカを再びエネルギー大国に
そして、インフレ対策とも重なる、トランプのもうひとつの政策的フォーカスは、「アメリカ国民に地球上で最も低コストのエネルギーと電力をもたらす」ことである。
トランプは、「私は大統領として、米国が地球上のどの先進国よりもエネルギーコストが小さくなるようにするという国家目標を設定する」と述べ、「中国に匹敵するだけでなく、中国よりも安くする」と述べている。そして、エネルギーの増加は、アメリカにとってインフレの低下を意味する。
トランプはおそらく、積極的にシェール・オイルの掘削を推進する。すなわち、石油と天然ガスの生産を解放するために必要な連邦掘削許可と、土地や機材のリース・コストの値下げに踏み切るはずだ。ちなみに、バイデンは石油とガスのリース・コストを50%値上げし、掘削に利用可能な土地を80%削減した。これが、いまのアメリカのインフレを招いている。
さらにトランプは、ペンシルベニア州、ウェストバージニア州、ニューヨーク州のマーセラス・シェールへの天然ガスパイプラインの承認を加速するなど、石油・天然ガスプロジェクトを行き詰まらせているすべての官僚的な手続きを撤廃する予定だ。
□ 冷静に「もしトラ」に備えよう
ここまでの話で、「なんだ、そんなものか」と思われた方も少なくないだろう。伝統的な資源開発への回帰、電気自動車の優遇廃止、それに中国に対する規制強化。いずれも、ある意味では拍子抜けするほど「普通の政策」のはずだ。
その通りである。メディアの煽る「トランプ像」は、かなり偏っている。彼の政策集をよく読めば、とっぴなリスク対策など必要ないことがわかる。トランプはただ、アメリカの社会を安定させ、リベラル・イデオロギーに引っ張られた「気候変動対策」などを放棄しようとしているだけだ。
「もしトラ」に企業経営者として備える必要があるとすると、「メディアに踊らされないこと」だ。むやみにバタバタする必要はない。冷静に政策集を読み、トランプ陣営とコンタクトのある我々のような組織から、正確な情報を得ると良い。すると、「まともな政治家」としてのトランプ像が見えてくるはずだ。